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2017年8月20日 (日)

永遠の安らぎ。


自分が取り込んで握りしめている、
成功の形や、正解の形、幸せの形に、

人であれ、ものごとであれ、外側のなにかを、
なんとかして、自分の思い通りに変えることで、

自分が愛されていて、
存在する価値がある、大切な存在なんだ

ということを、
証明しようとしなくていいんだよ。

もちろん、したければしてもいいけれど、
それをやっている間は、

お腹が空いて、食べて満腹になっても、
また、時間がたてば、お腹が空くのと同じで、

いつまでたっても、本当に満たされることはないんだ。
なぜかって、
そう生きることを選んだ瞬間、

あなたは、

愛されていない、価値のない、
粗末にあつかわれる存在だと、

自分で、自分を、みなして、
そういう存在として生きることを、
自分が選んでいるのだから。
成功の形、正解の形、幸せの形、、、
なんであれ、

その形の奥で、ほんとうに望んでいることは、

安らぎや、
満ち足りているという感覚、
OKだという肯定的な感覚なのだ。
そして、それは、
外側のと、みえている世界にはない。

いつか手に入るものではなく、
今、ここに、
すでに、あるものだ。

だから、探さなくていいんだよ。

なにかしよう得ようとするのを、やめてみたら、
ずっと、それがここにあったし、
今も、あるし、
これからも無くなることなく、あり続けているのがわかる。

時間を越えて、空間を越えて、
すべてをつらぬいて、すべてを包括して、
ただ、ここにある、永遠の安らぎ。

至福。
手に入れることも、失うこともなく。
ただ、あるんだ。

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